日本舞踊 尾上流

歴史



三代目の梅壽菊五郎が創立する手はずであったのを、時を経て、(尾上宗家)六代目尾上菊五郎によって創立された。初代家元は六代目尾上菊五郎。
1948年(昭和23年)、六代目の門弟であった初代尾上菊之丞に二代目家元を継承させ、その家元披露公演が1948年6月新橋演舞場において行われた。
1964年8月初代尾上菊之丞没後、二代目尾上菊之丞が三代目家元を継承。
2011年8月、二代目尾上菊之丞が尾上墨雪と改名し、尾上青楓が三代目尾上菊之丞を襲名すると同時に、尾上流四代家元を継承、今日に至る。

本流・五代尾上菊五郎の芸脈に、九代市川團十郎の舞踊観、更には、宗家藤間流の舞踊が、六代尾上菊五郎の踊りとして統合された。
「品格、新鮮、意外性」を初代家元・六代尾上菊五郎の言として大切にしている。初代家元の歩んだ日本舞踊の理念に基づき、上品な舞踊、格調の高い舞踊芸術を目指している。